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ホテル 広島に対する疑問にお答えします

ホテルにはアメニティが豊富に取り揃えているので、急な外泊も安心です。

生活が始まってまもなく、社内禁煙のためタバコが吸える休憩室でよく顔を合わせる執行役員のK経営企画室長と雑談する機会が増えた。 K室長は私の話に興味を示してくれた。
私は、S氏と話していた、新しい営業組織の必要性を主張したところ、頼りになる室長の接し方はまさにコーチング「現状には問題があると私も感じますよ。 Hさん、どうしたら、そのシステムが構築できますか?教えてください」「保険会社だけでなく、あらゆる金融会社の調査が終わりました。
その結果、S生命にとって一番良い営業組織の設計図を作っています。 もう少し時間をください」「Hさん、よろしく頼みます。
その設計図を私も見たいですね」「喜んで、お見せします」「私も協力しましょう。 私に応援できることはありますか」「ありがとうございます。
Kさんが手伝ってくれれば鬼に金棒です。 ぜひお願いします」そんな彼の態度に驚いた。
私より上役である人が素直に教えを請うているのである。 彼の人間の深さを知った瞬間でもあった。

彼は本気で会社を変えたいのだと確信した。 こうして、私はK室長の質問に答える形で、S生命には営業組織を作るための確固たる仕組みが欠如していることを訴え、どう改善すべきか熱っぽく語った。
K室長も、これまでの組織やマネジメント手法には問題が多いことを認め、今の組織に替わる、新しい組織づくりを社長に提言することを二人で確認し合うまでになった。 私は元気が出た。
大きな味方を得た思いだった。 この体験を通して私は思わぬことに気づいた。
K室長の会話の進め方は、質問をして答えさせるというコーチングそのものだったのだ。 そうした会話を通して、私の頭の中は整理され、次から次にアイデアが浮かんできた。
やがて二人の間にイメージが共有され、イメージが完全に一致して共感が生まれてくる。 そこから強い動機が生まれ、仕事がスタートする、という図式である。
K室長との会話がコーチングそのものであるというのは、コーチのS氏と話し終わった後に覚える印象と同様のものを私が受け取ったからだ。 私の味方なのだ、彼らは。
そう思うと、早く設計図を完成させ、素晴らしい営業組織を作りあげたいという気持ちがわき上がってきた。 そして、自分のことを信頼して、応援してくれる人たちがいることが、どんなに勇気をもたらすかを知った。
私は、まずしかるべき幹部を採用し、彼らに適切な教育を施した上で、それを一線の営業員の育成に見事に繋げている他社をモデルにした。 こうした組織づくりからスタートしたこの会社は、S生命より後発でありながら、4倍もの生産性を上げている。
その上、営業員数も5倍以上であり、営業収入、継続率、社員の定着率もまったくかなわない。 これまでの研究の結果に加え、K室長という援軍も得て、この会社をモデルとして私が考えた新営業組織とは、自分が業績を上げてきたトップダウンのやり方を全面的に否定し、トップダウンでなく営業員それぞれが自分の目標を明確に持ち、それを達成するために具体的な行動計画を自ら策定して動くというものだ。

そのために採用から教育、マネジメントまでをコーチングを軸に一貫して行うというもので、この新しい仕組みがあれば必ず成功するという確信があった。 確信があるだけに、早く新営業組織を立ち上げなくてはと焦ったが、なかなか進まなかった。
直属の上司は、札幌から福岡、東京への転勤直後は良好な関係にあったが、銀座支社長時代から何かと折合いが悪くなってしまったT取締役だった。 そうした感情的な軋轢(あつれき)に加えて、彼は体調不良を理由に会社に出社しないことが多かった。
そのため新しい営業組織に不可欠な営業管理職の報酬や教育システムを作りあげるための経営層への依頼事項もウヤムヤにされていた。 今回の新営業組織についても、要所でT取締役に了解をもらいながら進めていたのだが、取締役会の了解どころか審議もされない状態が続いていた。
特に困ったのは、T取締役に了解を得て、新組織で要となる営業管理職候補の採用を行ったが、肝心の営業管理職の報酬システムが取締役会での承認が得られない。 採用活動の結果、5人の営業管理職候補が残ったが、報酬が決まらないのでは採用ができない。
それを知った候補者からは「いい加減な会社ですね」とあきれられてしまう始末だった。 なぜ、今回もT取締役は動かないのか。
その答えは、まもなくわかった。 何と、T取締役は同業他社への転職を図っていたのだ。
彼の転職話は瞬く間に社内に広まり、まもなく私を散々な目に遭わせたT取締役は他社に去っていった。 そして、私は改めて新しい営業組織づくりの準備に没頭していった。

そんな状況の中でもS氏とのコーチングは続いていた。 「営業組織の研究は進んでいますか」「やっています。
今のやり方には問題が多いです。 採用活動や教育制度に早急にメスを入れ、新しい仕組みを作らないと会社の存亡に関わります」「いつ完成しますか」「他社の調査を終えましたので2週間以内にはまとめられます」「どのように社内に反映させるのですか」「まだそこまで考えていません」「私の考えを言ってもいいですか」「お願いします」「社長にお会いして直接訴えたらどうですか」「直訴ですか!」「他に良い方法がありますか」「ウーン、考えてもみなかったな」「あなたは、この仕事でどんな結果を出したいのですか」「もちろん営業組織の改革です。
それを検証し、実証した上で全社に普及させることです」「それを実現するために、社長に直接働きかけることに効果はありますか」「現状ではそれしかないと思います」「いつ行動を起こしますか」「今週中に対応してみます」「その結果を来週のテーマにしましょう」役員会資料作成のためのコーチングがぜん忙しくなった。 まず、新営業組織をとりまとめる「支社開発室」の使命をまとめた。
今までの持論を形にするいい機会だと思った。 私はK室長に、社長とのアポイントをお願いした。
いよいよ発表の時が来た。 私は社長室に呼ばれた。
私は機会到来と勇んで出かけていった。 社長は時々私の顔を見ては、浮かない表情で説明を聞いていた。
私は勢い込んで今のやり方には問題が多いことを指摘し、採用活動や教育制度に早急にメスを入れ、新しい営業組織を作らないと会社の存亡に関わることを提言した。 社長の返事は冷たかった。

なぜなら、社長は私の支社時代の数字に不満をもっていたからだ。 「リポートを読んだが、あれはまるで銀座支社での失敗のいい訳だな」と言い放った。
私は怒りをにじませ、社長をにらみつけて、机を叩いて説明した。 社長は私の剣幕に押されたのか、こう言い放った。
「そこまで言うなら、まずその提案を自分でやって実績を示せ!」直訴は功を奏した。 新営業組織の立ち上げは、正式に「支社開発プロジェクト」として承認された。
2000年4月に私は支社開発プロジェクトスタッフとなり、4月には社長直轄の支社開発プロジェクト部長に就任した。 私は、新営業組織づくりを社の業務として認めてもらうまで、事実上コーチングの手法で応援してくれたK室長に協力を要請し、彼の参画も実現した。
9月、私は支社開発プロジェクトが支社開発室の創設へと発展するに当たり、役員会への説明資料として行動指針をまとめることにした。 この行動指針をまとめるに際し、K室長からの質問に私が答えるという方法で支社開発プロジェクトが日の目を見た経験を活用した。


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